『ヴィヨンの妻』を観た
日比谷のTOHOシネマズシャンテで、映画『ヴィヨンの妻』を観た。ろくでなしの夫に尽くす妻の話。まあそういう愛の形もあるのだとは思うが、べつに美しいものではない。ただし映像は美しく、戦後の中野・杉並あたりの風景はあんなだったのだろうかと感じ入った。
愛人と心中を試み失敗して戻った夫に、妻は「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」と声をかけるのだが、後年本当に心中する太宰がそんな小説を書いていたのだろうかと私は不思議に思った。それで原作を読んでみたら、心中のくだりなどいっさい出てこない。
監督へのインタビュー記事にこうあった。
心中未遂のくだりを「姥捨」から引用し、佐知が大谷と出会うきっかけとなった万引き事件は「燈籠」に書かれている出来事。小説の「ヴィヨンの妻」になかった「インパクトが強い要素」を他の小説から取り込む作業は、映画化には必須であり、監督にとっては醍醐味だったようだ。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/cinema/topics/20091009et03.htm
太宰がこの映画を観たらどう思うのだろう。